Wild Rat Fireteam
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第8話





翌朝、朝の訓練を終えたエスト達3人はいつものように食堂の「指定席」に腰を下ろしていた。

普段と違うのは、エレブランド曹長が会議のため席を外していること。
そしてもう一つ。
エストの食指が全く動いていないことであった。

ソフィーとサムエルは、目だけでお互いを見やる。
その眼差しは、2人とも事情を知らないと語っていた。

いつもなら、我先にと食事を口に運ぶエスト。
ソフィーとエレブランドが、彼の底なしの胃袋に唖然とした回数は計り知れない。
そのエストが。今日は全く食事をとろうとしない。

嫌な沈黙が、3人の間に流れた。
その空気に最初に耐えかねたのは、サムエルだった。

「……ねえエスト、どうしたの? どこか具合でも悪いの?」
友人のその問いかけに、エストは伏せていた視線をわずかに上げた。

「え? あ、ああ。食欲ないんだ」
サムエルとソフィーは、思わず耳を疑った。
食欲がない。
あのエストが。

彼の発言が衝撃的過ぎて、2人の脳内にはエストのセリフが何度もこだまする。
少しの間の後、ソフィーが椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。

「ウソでしょ!? アンタが、食欲無い!?
 どうしたの、熱は!? まさか敵兵に」
「お、落ち着いてソフィー!」

混乱したソフィーを、サムエルが必死で止める。
ソフィーのことだから、このまま混乱を許せば逆にエストを殴り飛ばしかねない。
サムエルも椅子から立ち上がり、ソフィーをなだめながらゆっくりと座らせた。

「食欲がないなんて、珍しいね。どうかしたの?」
そう聞くと、エストの視線がわずかに泳ぐ。
どうやら軽い気持ちで話せるような事情では無いようだ。

サムエルは彼の表情を察すると、ソフィーに続いて自分もゆっくりと腰かけた。
「……今日はエレブランド曹長もいないよ。僕もソフィーも、話、じっくり聞くから」

優しく微笑んで、エストを諭す。
エストは、3年間一緒にいた友人なのだ。
そして、自分と共に王国軍の道を志した同士でもある。
今更、どんなことが彼の口から飛び出たって驚くもんか。

エストはサムエルとソフィーの表情を見比べると、昨日のテセラとのやり取りを、すべて話した。


***


「で、あんたはそれでどうしたいのよ?」

エストの話が終わると、開口一番にソフィーがそう言った。
エストの話す内容の重さについていけてないサムエルが、えっと言いたげな表情でソフィーを見る。

「どうって…」
エストは押し黙った。
テセラにさよならと言われたあと、自分もどうすることも出来ず、そのまま彼女の部屋から帰ってきてしまった。
あれで本当に良かったのか、と後悔の念は、無いわけでは無かった。
だが、どうすることもできなかったのだ。

エストは続ける。
「どんな顔をしてあいつに会えばいいんだよ……」
「じゃあ、このまま会わないつもり?」

エストは肯定も否定もしない。
「もともと、叶わない恋だって……わかってたんだ」

向こうは王女、こちらはなりたてホヤホヤの問題下級兵。
身分違いの恋は、いつかテセラを苦しめる。

……このままで十分だったのだ。
王国軍として、テセラを守れる立場に就く。
それが叶ったのだから、もう十分なのだ。

「でも、せっかく会えたのに…!」
やっとの思いでサムエルが言葉を紡ぐ。

だが、エストはその言葉を一蹴するかのように言った。
「2人が協力してくれたのは感謝してる。けど、向こうが会う気がない上に、身分が違うのは……しょうがないだろ」

そう言い放つと、エストはほとんど手つかずの自分の食事を持って立ち上がった。
「先に行ってる」

制止しようとしたソフィー達から背を向け、エストはそのまま食堂をでていってしまった。

「…何よあいつ、ヘコんじゃって…」
呟くソフィーの横で、サムエルが机に突っ伏した。
周囲からどんよりとしたオーラが見える様な気がして、ソフィーは思わず一瞬身を引く。

「うわっ、 こっちも!?
……あのねえ、あんたまで気に病むことはないのよ?」

「分かってるけど……」

そういうと、サムエルは顔をほんの少しだけ上げる。
「3年間、ずっと再会したがってたのにこんな結果になるなんてないよ」

”3年間 ずっと”。その語句にひっかかりを覚えたソフィーは、話題をそちらに変えることにした。

「そういえば、どうしてあんたはあいつのことそんなに詳しいの? 幼馴染み?」
ああそっか、と軽く言って、サムエルは顔を完全に上げた。元の姿勢だ。

「えっと、貧民街襲撃のことまでは話したんだっけ。その時、エストの家族は皆死んじゃったんだ……。
それで、貧民街をさまよってるエストを僕が見つけたんだ」

ここまで聞いて、ソフィーは察した。
「アンタが拾ったの?」

はは、と苦笑いし、サムエルは言う。
「そんな捨て猫みたいなこといわないでよ。……まあ、間違いじゃないのかもしれないね。
ローレンスの姓は捨てたくなかったみたいで、苗字は変えなかったんだ」

「なるほど。それで、3年間あいつはアンタのところで育てられた、と」
サムエルは小さく頷く。
「僕の家は昔から騎士の家系でね? 小さい頃から、僕も姉さんもこの道を選んでた。
 エストも、家族のこととか、テセラ様のこととか……色々思うところがあったんじゃないかな。『オレも兵士になる!』って言ってきたの、そんなに日数はかかってなかったと思う」

ここまで言って、サムエルは再び顔をうつむけた。
「だから、放っておけないんだ。
でも、エストって強いし行動力があるから、どんどん僕の先を行っちゃうんだ。
僕ができることってすごく少なくて……」

うつむく角度が、だんだん深くなる。
「ねえ、僕はどうすればいいのかな……」
また、どんよりとしたオーラが見え始めてきた。

ソフィーは軽くため息をつくと、サムエルの肩をポンと叩いた。
「まずは、そのネガティブ思考から改善することね」
「え?」
「人を元気にしたいなら、まずアンタが元気にならなくちゃ。
 そしたら、2人で作戦会議しましょ?」


WRF8


ソフィーの優しく、そして頼もしい表情に、サムエルの顔もほころんだ。
「……うん!」


***


エストの食欲はサムエルとソフィーの尽力によって回復を見せたが、それでも彼の足は中央棟へ出向くことは無かった。

そして、月日は流れていく。

赤々と輝いていた木の葉が、日に日に彩度を失っていく。
冷たく凍えるような風に吹かれて、一枚、また一枚と落ちていく。

長く厳しい、忍耐の季節がすぐそこまで来ていた。




 
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