Weeping Clown
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U- 4


 半日後。少年と少女は、町外れの小屋にいた。そこは少女の家だ。

 居間のイスに腰掛け、少女は語った。
「私、魔導師の研究施設で生み出された人間なの。 魔力で人間を作ることに成功したあの人たち達は喜んだわ。そして、しばらくの間私のことを本当に大切に育ててくれた」
彼は少女の話に口をはさむことなく、静かに聴いた。
 少女は続ける。
「数年の間、私は研究施設から一歩も出ずに育ってきた。でも、そんな生活嫌になったの。 だから、私は逃げ出した。研究資料を全部持ち出して、今後私と同じものが作り出されないように」
その資料がこれ、と、少女は後ろの棚を差す。中には分厚い魔道書の数々。羊皮紙の束も見える。
「この資料の中には、体だけ生成する方法も書いてある。これで、あなたは人間になれるわ」
人間になれる。その言葉に、彼は揺れた。
 あれほど嫉妬し、羨望した体が手に入る。
「どうする?」
少女の問いに、首を横に振る理由は無かった。


                          *


 まばゆい光に包まれたあと、彼は目を開く。
 両足をしっかりと地に着け、自分の足で立つ自分の姿。

 一見すると、あまり変わったようには思えない。本当に、体が出来たのだろうか?

 少女が、微笑んでこちらへやってくる。そして、手を差し伸べた。
「さあ、触ってみて」
彼も、手を出す。ゆっくりと、慎重に。

 もしまた少女の手をすり抜けてしまったら。唯一の望みが、すりぬけて零れ落ちてしまったら。
 そう思うと、怖い。
 しかし、手をとらないと、自分はずっと、永遠にこのままだ。
 それは嫌だ。

 彼は手を差しのばす。
 そして――

 手は、少女の指先に触れた。

 柔らかい指先だった。彼は手をおもむろに滑らし、指から手のひらを触っていく。 手を握ると、包み込まれるようなぬくもりが伝わってきた。
「さわれる……」
少女は頷く。
「うん、さわれるんだよ」
彼は、うなずいた。何度も何度も、うなずいた。
 いつの間にかこぼれていた涙を、少女は優しく拭った。


                         *


 彼が少女のことを「義姉さん」と呼ぶようになるまでに時間はかからなかった。 彼は、外見上十歳くらいに見えた。少女は十六歳。ちょうど姉弟のようだ。
 義姉はある男性を紹介してくれた。三十近い男。鎧を身にまとい、剣を提げたその格好は、男が騎士であることを示していた。
義姉はいう。彼は、自分にとって父親に近い存在なんだと。今の自分がいて、この生活があるのは彼のおかげだと。
だから、君もこの人のこと、お父さんって呼んで良いんだよ。 義姉が笑ってそういうと、男は少し照れくさそうな顔をした。
 男――いや、養父は言う。
「息子なんだし、名前をつけないとな。呼ぶ名前が無いんじゃ可愛そうだ」
「名前、かぁ」
自分に名前がつく。魔法で作られた男の子から、普通の人間としての名前が。

 養父の横で、義姉は辞典を取り出しペラペラとめくりだした。
「人の名前って付けるの初めてだからなあ。犬とかネコはあるんだけど……」
犬やネコにつけるような名前は、いくらなんでも勘弁だ。
 彼は、義姉に辞典を貸してもらうよう頼んだ。そして、辞典のとある言葉を引く。

 ページを見つけた。 そして、目当ての言葉を見つけた。
「僕、この名前がいい」

 引いた言葉は”生霊”。

 生まれながらにしてゴーストと変わりない存在を余儀なくされた彼。 そして、その結果握りつぶしてしまった多くの命。
 それを忘れないために、自分自身で戒めるために、彼自身が選んだのは。

 生霊を指す、”レイス”という言葉だった。


 レイスが養父から剣術を習い、国軍として人の命を守る仕事に就いたのは、その数ヵ月後である。


                     *


 レイスは、ライラとリオンの目の前で、全てを話し終えた。

 しばらくの間、二人の女性は絶句したまま何も話さなかった。
 無理もないだろう、とレイスは思った。
 信じてはもらえないかもしれない。それに、殺人を正当化する理由も何も無いのだから。 自分のために人を殺し続けた。その事実は、何をしても変わりようの無いのだから。

 やがて、ライラが口を開いた。
「……呆れたわ」
「ライラさん」
「そんな理由で、あたしの家族や友人を殺したって言うの?まるっきり自分の欲求のためじゃない」
ライラの言葉に間違いは何一つ無い。今自分が国軍に入って剣を振っているのも、自分を償うためだ。
「一つ聞かせて」
「はい」
「あんた、体を作ってもらってから……自分のためだけに人を殺した?」

 レイスは返答にためらう。
 国軍に入ったのは自分のためだ。しかし、その戦闘で敵兵を殺すのは、自軍や国民を守るため、ともいえる。 戦争の渦中で、殺人の絶対的な理由を求めるのは果てしなく困難なことに思えた。

「分かりません。ただ……昔のように、嫉妬心や顕示欲を示すための殺人は、してません」
「なら、それでいいわ」
ライラはそういうと、廃村の門へ戻ろうとする。
「ライラさん、どこに?」
「決まってるでしょ。魔物討伐は終わったの。帰るわよ」
ライラは何も言わず、歩いていく。

 許された、のだろうか。
 ”なら、それでいい”の意図が、レイスは完全には理解できなかった。

「ライラさん」
彼女を呼び止める。
「何よ」

「……」
なんて言葉をかけて、確認すればよいのか分からない。
 言葉に詰まるレイスに、ライラは声をかける。
「言っとくけど、許したわけじゃないわよ。だけどアンタの態度と向上心に賭けるわ」
「向上心?」
「もう一度自分のために人を傷つけたら、本当に殺しにいくから。これでこの話は終わりよ」

 レイスは、そのセリフに黙って着いていくしかなかった。


                          *


 帰路につく中、ライラの後ろで歩くレイスに、リオンが追いつく。
 横に並ぶリオン。レイスも彼女も何も言わず、数分歩く。

 しばらくためらったあと、リオンがレイスに話しかけた。
「レイス」
「何ですか?」
「レイスは……まだ、昔の自分が許せない?」
彼はしばし考え、いった。

「そうですね。恐怖心はなくなりましたが……今でも自分自身は許せませんし、許してはいけない存在だと思っています」
少し間をおいてから、彼は続けた。
「でも、こうして自分のことを分かってくれる人が隣にいますから……怖くはありません」

 えっ、という声を漏らし、リオンがこちらを見上げる。
 頬が少し赤い。

「レイス……」
「頬が赤いですよ?」
赤い頬は更に赤みをまし、うろたえる。
「ち、ちがうもん!これは――」

 彼女の挙動に、レイスは笑みをこぼした。


 三名の討伐隊は、帰路につく。
 数日間空を覆っていた雲の合間から、わずかに陽光がさしかけていた。





 
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