Weeping Clown |
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エピローグ グレン元帥は、自室内でレイスの作成した報告書に目を通していた。 そしてレイスは、元帥が眉一つ動かさずに淡々とした表情で報告書を読むのを、目の前で見守るしか出来なかった。 報告書の内容は勿論、クラウンとの戦闘だ。 自分の経歴なしでは報告書が書けず、かと言ってライラとリオンがいる手前嘘も書けず、結局事実をありのまま記載した。 養父と義姉以外には、十年間ずっと隠し通してきた秘密。自分が人間ではないという、他人との根本的な差異。 それを、限りなく静寂な形で、レイスは上官に打ち明けているのだ。 報告書をまとめるのにも、ずいぶんと時間がかかった。 何度も書き直しをし、推敲を重ね、出来るなら自分の経歴を曖昧にぼかして書けないか悩んだ。 しかしそう思うたび、ライラのあの悲痛な表情が頭に浮かぶ。 もう自分は逃げてはいけない。 立ち向かわなくてはいけない。 そう思い、ありのままの事実を報告書に書き起こした。 読み終わったグレンが、表情を変えぬままレイスに訊く。 「……おまえ、これ本当の話か?」 「すべて事実です」 「よくオレ達にいままで隠し通してたな」 「本当はずっと隠すつもりでしたが……」 元帥は、何て顔をするだろう。 そう思うと、レイスはグレンの顔をまっすぐ見ることが出来なくなった。 視線を横にそらす。 すると、 「そういえば、俺とお前が始めて会った日覚えてるか?」 優しい語り口でグレンは言う。 その口調を聞き、レイスは視線を戻した。元帥の表情はいつもと変わらない笑顔だ。 「お前あの日さあ、北東門の番兵みんな倒して『とりあえず倒してみたんですけど』とか言ってたよな」 入隊した日のことを、レイスは思い出す。そういえば、そうだった。 軍に入りたい、と門番に伝えたら、見た目で十四歳以下だと分かってしまったらしく、門番に笑い飛ばされた記憶がある。 今思えば無謀だった。入隊可能の年齢すら知らずに、よく身一つでのりこんだものだ。 「お前は知らなかったと思うけどよ、あの日お前が相手したのは曹長一人、伍長四人、少尉一人だ。よく相手できたな」 「……噂には聞いてましたが、本当に記憶力がいいのですね。普通は人数と階級まで覚えてませんよ」 グレンは豪快に笑う。本当に、いつもの元帥だ。 自分の経歴を知った上で、この人は、ちゃんと自分のことを『部下』としてみてくれている。 「レイス、お前最初から剣を使う兵科を志願してたよな。あれは、魔法で人を殺したくなかったからか?」 レイスは頷く。 養父は北の大陸の騎士で、剣を使っていた。その養父に憧れていたという理由もあったが、大きな理由は元帥の言ったとおりだ。 養父や義姉のように、自分の力を使って今度は何かを守れる存在になりたかった。 考えた末、手に取ったのは剣。 武器の重さが、人を切るときの感触が、しっかりと自分の腕に残るように。 魔法を使って人を殺める存在ではなく、武器を使って人を守る存在になれるように。 魔法のコントロールの方法も、義姉から教わった。そして、魔法が剣戟の補助となるような戦い方を見出した。 もう、人をいたずらに殺すような魔法の使い方はしない。剣を提げてアルファルド城へ向かった十年前のあの日、固く自分に誓った。 「もう一つ訊いていいか」 グレンは続ける。 「リオンの嬢ちゃんの話をすぐ信じたのは?」 「あれは……なんとなく、リオンと自分が重なって見えたような気がして」 リオンと始めて会った、あの日。 戦場に一人きりでいた少女。その姿が、体を持たない時期の自分と重なって見えた。 世界に一人だけたたずんでいた自分に、手を差し伸べてくれたのは義姉だった。 リオンの姿を見て、話を聞いて、今度は自分が義姉のような存在になる時だ。そう思ったのだ。 その時、レイスの後ろのドアからノックの音がした。返事も待たずにドアを開けたのは、リオンだった。 「レイス、やっぱりここにいた! あのね、傷の手当をするから処置室に来てほしいんだって」 「傷?」 「そう!この間の闘いの傷、まだ治りきってないんでしょ?ダメだよ無理しちゃ!」 レイスが応える間もなく、リオンは彼の腕を引っ張る。 「そういうわけでグレン元帥、レイス借ります!」 「おー、返さなくていーぞー!」 リオンは笑って礼を告げると、レイスをさらってドアを閉めた。 部屋にはグレン一人だけが残る。彼は、椅子の背に深くもたれかかった。 そのとき、左肘がインクのビンにぶつかり、中のインクを豪快にこぼしてしまった。 報告書も半分以上が黒く染まった。 報告書は各師団の元帥が承認した後、魔物の発生動向の資料として製本する。 書き直しは必須だろう。勿論レイスの経歴も。 グレンはしばらくインクにぬれた報告書を眺め、そしてニヤリと微笑した。 「おっと。さて、元の文章はなんだったか全然思い出せねえな。まあ適当にごまかしとくか」 |
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