Weeping Clown |
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T-3 翌朝。 昨日と同じく、空には厚い雲がかかる。気持ちの晴れない曇天の下で、三人は町外れの墓地にいた。 墓地の一角を借りて、三人はユーリの遺体をそこに埋めた。 ここは記憶を再現した町。クラウンを倒し周囲の景色が廃村に戻ったとき、この墓とユーリの遺体がどうなるかは予想がつかない。 それでも、三人はクラウンとの戦いよりも優先してユーリを弔う理由があった。 クラウンと、次にいつ遭遇するかはまったく予想できない。 この次の瞬間には、あの冷笑とも取れる微笑が目の前に現れるかもしれないし、もしかしたらそれは一週間以上先になるかもしれない。 いつ達成できるか分からない討伐より、ユーリの遺体を先に弔っておきたかった。区切りをつけたかった。 ユーリの生と、残された自分たちの気持ち、に。 三人はしばし黙祷を捧げ、おもむろに顔を上げた。 「――さて! 気を引き締めていかないとね」 ライラが言う。 リオンも、その言葉に頷く。 残ったこの三人で、あの少年を倒さなければいけない。 「ライラさん、強いんですね」 「え?」 「だって、今自分が一番怖いこと見せられてるのに、ぜんぜん悲しい顔を見せないですから」 「何言ってるの! あなただって同じじゃないの」 リオンは首をかしげる。 「同じ?」 「レイスから聞いたわよ。あんた……小さいときに火事に遭ったって」 「勝手に話してすみません」 「自分が火事にあったのに、それでも構わずレイスのこと助け出したんだってね。あなたもよっぽど立派じゃないの」 「そ、そんなことないです!あの時はホントに無我夢中で」 リオンは赤面した顔を、ぶんぶん横に振った。 ライラは昨日と同じように、ぽんぽんと手を頭に置く。 「あんなにすごい体験したのに、たった一回しか泣いてないものね。えらいぞ」 恥ずかしい。これじゃまるで子どもだ。いや、まだ子どもなんだけど。 ……あの少年も、こんな風に普通の子どものように接してくれる”誰か”がいたのかな。 リオンは昨日相見えた彼の表情を思い出す。 ”君たちだけには、見えるんだね”と、あの言葉の意味。 何故自分の名前を知っていたのか。 何故あんな姿をしているのか。 ライラは彼のことを知らないのに、なぜ変身できたのか。 普通の人間ではない事は、分かりきっていた。しかし、彼には謎が多すぎる。 そんなことを考えながら、リオンたちは墓地を後にした。 * どこへ行こうか。どこへ行くべきか。 少年が出現する時間も場所もまったく見当がつかず、三人はしばし街中をさまよう。 その時、レイスがふとリオンとライラに聞く。 「お二人は、ゴーストの概念を信じますか?」 「ゴースト?」 「何、急に」 二人のきょとんとした顔を見て、レイスは付け足す。 「いえ、あの少年は外見がゴーストそっくりのようにみえたので」 リオンがもといた世界にも、ゴーストの話はあった。 人の体と魂は魔力で動いていて、体に大きなダメージを負ったり魔力がなくなってしまうと人は死ぬ。 その際、体から抜け出すのがゴースト。体から抜け出たゴーストは女神の下で、扉を縛る鎖と錠前の点検や手入れをするのだとか。 話は半信半疑だが、基本的にリオンはゴーストを信じていた。 父や兄が扉の守りに関わる仕事の合間に、自分や母を見守ってくれていると思うと、ウソの話でもなんとなく嬉しかったから。 「レイス、私はゴーストの話信じてるよ」 「あたしは信じてないほうかしらね。魔導師の身でいうのもなんだけど、そういう物理的根拠のない話はあんまり」 レイスはどうなの?というリオンの問いに、彼は首を横に振った。 「信じてません。いえ、信じたくありませんね」 「どうして?」 「死後に誰からも見てもらえず、誰にも声が聞こえないままずっと存在するのは……ある意味残酷ですから」 そう答えた後、彼は口をつぐんだ。 * やがて大通りへ出て、狭かった視界が開けた。その先に、一人でたたずむあの少年を見つけた。 「ちょっと、あんた!」 最初に声をかけたのはライラ。彼女の声に、少年は振り返る。 「ああ、おはようお姉さん達。昨日はどうしたの? 逃げちゃうなんてヒドいじゃないか」 「あんた、人の家族や友達を散々殺しておきながらよくも!」 くってかかろうとするライラを、リオンが制する。 「君にききたいことがあるの」 「ちょっと、リオンちゃん」 リオンはライラの一歩前にでる。少年は昨日とまったく変わらない微笑を浮かべて、言った。 「質問は聞くけど。答えは聞かない方がいいんじゃないかなあ」 「どういうこと?」 「リオン。危ないですから下がって」 レイスがリオンの隣に並ぶ。左手は、剣の柄を握る。 三者三様の沈黙が降りる中、少年はまた、くすくすと笑った。 「どうするの? 質問、するんじゃないの?」 「質問は……不要です!」 言い終わると同時に、レイスは地を蹴る。 柄を握る左手に力を込め、彼は少年の懐へと突っ込んだ。その勢いで剣を引き抜く。 少年は容易く横へ避け、すれすれでかわす。 レイスは振り返り、敵を視界に捉えなおした。少年は尚も嗤っている。 宙を薙いだ切っ先を引き上げ、真下へ振り下ろす。 長剣の切っ先は、たしかに少年を捕らえた。そう思えた。 しかし刃は少年の体の中を、すっ、と通り抜けた。 リオンやライラからみたら、少年はレイスの剣に切り裂かれたように見えただろう。 しかし、少年は何事もなかったかのように無傷で浮いている。 レイスがそれまで少年に向けていた刺すような視線が、少しだけ揺れた。 「まさか、見えるけれど触れないとは……」 悪戯に成功したかのような笑顔を、少年は浮かべる。 「びっくりした?」 「いいえ、全然?」 その答えを返したのは、ライラだった。 少年の視線がレイスからライラに移った瞬間、彼女の杖から炎の渦が向かってきた。 レイスは咄嗟に後ろへ下がる。炎は少年を飲み込んだ。 激しく重苦しい音を立てて、炎はしばらく燃え続けた。 しかし火の勢いが収まるにつれて、中から先刻とまったく変わらぬ少年の姿があらわになっていった。 「ビックリするなあもう。仕返しにしても、ひど過ぎない?」 焦燥の声を隠しきれぬまま、ライラは言う。 「ちょっとぉ……折角がんばって詠唱したんだから少しは効きなさいよね……」 「やだもん。熱いのは嫌い」 ぷう、とむくれる少年の横で、レイスはすでに詠唱を始めていた。 彼の声に気付いた少年も、同様に詠唱する。 次の瞬間。 レイスの剣と、少年の左手に、双方に青く光る水流が浮かぶ。 それは互いの敵を切り裂かんと、勢いを伴って放たれた。 水流は鏡写しのようにまったく同じ形、同じスピードでぶつかり合う。 やがて互いに打ち消し、やがて二つの攻撃は相殺された。 はじけ飛ぶ水滴。水しぶきがわずかな陽光を反射する中で、銀の瞳とグレーの瞳は敵対のまなざしを向けている。 リオンは、固唾を呑んで闘いの行方を見守っていた。 杖は、両手でかたく握っている。しかし、今の状況で自分が戦闘の中に割って入ればレイスの邪魔になる。 それが”見守る”ことを選んだ大きな理由であるが、もうひとつ理由があった。 少年には触れないし、魔法も効かない。 レイスの剣と、ライラの魔法を通さなかった彼を、どうやって倒せばいいのだろう。 勝機がまったく見えなくなってしまったこの戦況で、自分が闘いに参加する事は果てしなく無意味で、無謀なことのように思えたのだ。 倒す方法が見つからない。 それは、即刻”死”に繋がりうる事態であることを、リオンは理解していた。 そこから生まれる焦燥と戦慄は、おそらくレイスも感じているのだろう。 レイスは少年との間をあけるべく、一歩ずつゆっくりと後ずさりする。レイスのすぐ後ろには、民家。 家の外装に、三人は見覚えがあった。そして、家の内部が惨憺たる光景だったことも覚えている。 その家の主は、昨日リオンとライラの目の前で切り裂かれたあの男だ。 レイスの背が民家の壁についたと同時、レイスはうつむいて剣を鞘に収める。 少年はせせら笑う。 「どうしたの? もうおしまいにしちゃっていいの?」 左手が、青く光りだし、少年が水流を放とうと身構える。 しかし少年の攻撃より先に、レイスの詠唱は完成していた。 レイスが背にした家の中から、強い青の光が差す。 彼がしゃがむと同時。家の内側から獰猛な水流が、巨大な矢のように少年めがけて襲い掛かる。 水は家を内側から破壊し、おびただしい数の木片を伴って少年の視界を奪う。 レイスは、その瞬間を見逃さなかった。 彼は駆け出し、リオンとライラの手をとって裏路地に逃げ込む。 そして自らの足音を消すために、振り返りざまに数方向から水流の追撃を少年に与えた。 水流が完全に止み、少年が静寂に包まれた中で辺りを見回す頃には、レイスたちは遠くの路地へと逃走を終えていた。 |
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