Weeping Clown
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T-2


 目を覚ますと、こげ茶の天井が見えた。

 頭が重い。腰も、肘も痛い。腕をあげると、左手に青あざが見えた。 リオンは上半身を起こす。どうやらここはベッドの上のようだ。 内装からして、宿の一室らしい。
 部屋を見渡すと、横のテーブル越しに話すレイスとライラが見えた。 何を話してるんだろう。ぼんやりとそう思ったとき、レイスがこちらに気付いた。
「リオン。具合はどうですか?」
二人が立って、ベッドサイドまでやってくる。
「うーん、色々いたい」
まだ眠くて、頭がうまく回らない。少年のこと、ユーリのこと、聞きたい事は山ほどあるが言葉が出てこなかった。
「そりゃそうよ。覚えてる?あんた階段からおっこちたのよ。あんたを担いで、あの少年から逃げてきたんだから」
そういえばそうだっけ。色々ありすぎて、全部がごちゃまぜになっている。

 何から起きたのか、順番にしていこう。 ユーリさんが死んで、それで、おじさんが死んで、それから……。

 ライラが聞く。
「どこが痛い?」

 どこもかしこも痛かった。左手はあざが出来てるし、腰も痛む。 肘も、もしかしたらあざになってるかもしれない。
 でも一番痛いのは、
「……胸。胸の中が、押し潰されるよう……」
 ――ユーリさんは仲間だった。なのに、助けることも盾で守ってあげることも出来なかった。
 ――おじさんは、家族二人を殺された。真っ二つになる二人を見て、何を思ったんだろう。

 また、何も出来なかった。

 ライラがリオンの表情を察し、おもむろに抱きしめたとき、リオンの中で張り詰めていた糸が切れた。 リオンは、ライラの胸の中でしばらく嗚咽をこらえていた。


                       *


「私達が追っている”クラウン”は、あのグレーの少年に変化したようです」
軍支給の保存食で出来た夕食を囲み、レイスが説明する。
「え、でもクラウンってディーナ将軍に変身していたんじゃないの?」
「ええ。ユーリ少佐が、死ぬまでは」
リオンの問いに答えつつ、レイスは卓上に置いてあった羊皮紙を見せる。 本ほどの大きさのそれには、びっしりと書かれた文字。
 その文面は、リオン達討伐隊の派遣要請を示すものだった。

「3日前に渡されたこの要請状。要約すれば、”廃村にクラウンが出現したため討伐せよ”ということです。 ですが、なぜ城に帰還したばかりの私と、王国軍でもないリオンが隊に編成されたか……知ってましたか?」
「ううん。私もずっと不思議には思ってたけど。どうして?」
「それは、クラウンの性質の特殊性です」
「性質って、変身能力のこと?」
レイスは頷く。
「クラウンは、敵が一番恐れるものに変化する。魔物の中でもなかり特殊な性質を持つ故に、有効な戦闘方法や出現地域の分布など、 不明な点が数多く残されています」
「うん」
「剣と魔法の両方を主の武器として扱える私と、未知の武器を持つリオン。 私達が選ばれたのは、クラウンの性質を更に解析する意義があったのです。 今までのクラウンは姿のみ変化していましたが、今回相手にしているクラウンは、どうやら周囲の景色までも再現してしまうようです」
「景色?どういうこと?」

「リオンちゃん」
水を飲み干したライラが、会話に加わる。
「例えばの話よ。リオンちゃんが昔ハチに刺されたことがあって、それ以来ハチがトラウマだとしましょう。 普通のクラウンはハチに変身してそれで終わりだけど、私達が戦ってるクラウンは、あなたがハチに刺された状況そのものを再現できるのよ。 刺されたときの周りの景色とか、その時暑かったか寒かったか、とか。ど? 怖さ倍増でしょ?」
「確かに」
リオンは頷く。実際、虫に関するトラウマ体験を昔経験したことがある。あの状況そのものを再現されたら、 正直言って立ち直れる気がしない。
 リオンはレイスの方に向き直る。
「じゃあクラウンは今、トラウマの状況そのものを再現してるの?」
「おそらくは。クラウンがユーリ少佐と戦っていたとき、アレはユーリ少佐の記憶の中からディーナ中将のことだけを取り出し、変身しました。 しかしユーリ少佐が死んだら、読み取る記憶が無くなってしまう。だから、クラウンは別の人のトラウマ風景を読み取ったのです」
「今度は周りの景色までちゃーんと読み込んで、ね」

 狡猾よねえ、とつぶやくライラの隣で、リオンは納得した。 おそらくあのグレーの少年がクラウンで、この町や周りの人々は”景色”に含まれるのだろう。
 リオンは、この景色やあの少年に見覚えはない。つまりクラウンは、レイスかライラのトラウマを読み取って、町ごと変化することで攻撃を再開した。
 今目の前にいる二人のうち、どちらかは凄惨なトラウマを抱えているのだ。 そして、それと今、向き合うことを余儀なくされている。

 ――私も泣いてなんかいられない。頑張らないと。

「あのね、リオンちゃん」
「なんですか?」
「この風景ね、私の記憶から読み取ってるんだよね」
「え……」
あまりに突然のライラのセリフに、リオンはかける言葉を失う。
「この町すごく見覚えあるなあと思ったら、私が13歳のときまで住んでた町だったんだ。 あの頃と、町並みはぜんぜん変わってない。ホント、あの時のまんまなの」
「それじゃあ、さっき起きた出来事は」
「私が体験した事件よ」

 ライラは、スプーンを置いた。
「私の故郷は、今から十年前に一日で壊滅したの。生存者は十名足らず。私はその中の一人」
ライラの一言は、衝撃的だった。
 ――ここは結構規模の大きい町のはず。それが、一晩で、たった数人以外みんな死んだって言うの?
「なんで、いったい何が」
レイスが、その問いに答える。
「もともと、アルファルドや近隣の国では二,三年に一度みられるんです。町や村の人が、ほぼ全員切り殺される事件が」
「えっ……」
リオンは言葉を失う。街が壊滅する事件が、二,三年に一度も?
「最初は、この国の北部の村の人間が全員惨殺体で見つかりました。いつ起きたかは定かではないですが、少なくとも300年以上前かと」
「300年!?そんなに前から?」

 レイスは頷き、続ける。
「それ以降、数年に一度のペース――多いときは半年に一度、村や町の人間が襲われる事件が起きています。犯人を見たという証言はなし。 切断面が異常なほど滑らかで、普通の刃物では出来ない傷跡があるために、魔法によって惨殺されたものと考えられています」
「で、毎回必ず一人生き残りがいるのよね。どの村でも、どの町でも一人だけ。 みんな口をそろえて『目の前で人が真っ二つに切れていった。あれはきっと人には見えない悪魔の仕業だ』って言うのよ」
「最後の事件が起きたのが、10年前です。その時の生存者は8名。それ以降、事件の発生は止んでしまいました。 ……まさか、ライラさんがその事件の生き残りとは……」

話が終わったところで、リオンがライラに聞く。
「じゃあ、あのグレーの少年は会ったことがあるんですか?」
リオンの予想とは反し、ライラは首を横にふった。
「いや、知らないわあんな子。見覚えもまったくないのよね。それともどっかで会ったのかしら?」
ライラは首をかしげる。そして、リオンも。
 クラウンがライラの記憶を読み取っているのなら、ライラの記憶にないものは普通読み込めないはずだ。 じゃあ何故、クラウンは誰も知らない少年に変身することができたのだろうか。 ライラが思い出せていないだけなのか。

 悩むリオン。その隣で、ライラが立ち上がった。
「とにかく、今は悩んでてもムダだわ!犯人があの少年だってことは分かった。とりあえずあの少年を倒して、クラウンをとっちめましょ!」
「そ、そうですよね!魔物を倒す、いまはそれだけ!」
リオンも思わず立ち上がる。

「一緒に戦うわよ!」
「おー!!」

 宿の天井へ高く突き上げた二つのこぶしを、レイスは若干の苦笑いで見守っていた。



 
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