Jaune Brillant
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U-2

「マクベインさん!」
呆然と絶句する僕の前で、若い画家たちが父へ駆け寄る。

 父は動かない。
 天井は高い。落ちたら、もし打ち所が悪かったら――

 1人の画家が、父の上体を抱き起こす。 額から、血。
僕の頭は真っ白になっていた。悪い思考がぐるぐると回転を始める。

 血だ。頭を打っている。父さんは。父さんはどうなるんだ。

 その時だ。父が顔をしかめて、うなった。
「つ……」
「マクベインさん! しっかり!」
周りの者は、必死に父に呼びかけたり、肩を叩いている。 僕は何も出来ず、ただ唖然としてその光景を見ていた。
「うるせえ、黙って作業にもどれ」
ぐったりとはしているが、はっきりとそう言った。 意識はある。生きてる。

 そう実感したとき、膝が折れて力が抜けた。 へなへなと座り込んだ僕に、父はようやく気がついたらしい。
「お前、また来たのか。帰れっつったろ」
「……天井から落ちても、減らず口は変わらないんだな」
このやり取りに気がついたのか、一人の画家が父に尋ねる。
「え、息子さんですか?」
「顔も性格も似てないがな。おらモタモタするんじゃねえ、早く作業に戻れ」
「マクベインさんを放っておけないですよ」
「じゃあ教会のやつら呼んで来い。手当てはそいつらに任せるさ。お前ら、早くしねえと漆喰が乾いちまうだろ」

 フレスコ画は生乾きの漆喰に絵を描く。漆喰が乾く前に描ききらないといけないから、 一度作業を始めてしまうとあとはスピード勝負だ。
 父は筆が早い。 彼の作業スピードを見越して漆喰を塗ってしまったのだとしたら、彼の穴埋めをこなすのは至難の業じゃないだろうか。
 予想は当たっているらしい。画家たちは深刻そうな顔を見合わせ、ひそひそと話をする。

 父は彼らに一瞥をくれたあと、信じられない言葉を言った。
「俺の分は息子に描かせる」
 何を言ってるんだ、こいつは。 あれだけ僕の絵をけなしておいて、いまさら”代わりに描け”? 冗談じゃない。そこまで僕を笑いものにしたいのか。

 画家も同じことを思ったらしい。少なくとも、これは得体の知れないやつと一緒に作業できる仕事ではない。
「けど、マクベインさん、彼は……」

 部下の言葉を尻目に、父は僕のカンバスをまだ強引にひったくった。 そして、布を取り去る。
「これが描けるんなら、任せちまってもいいだろ」
未完成のエミリアさんの絵を周りの画家全員に晒された。

 なんてことだ。父は僕の心を折るどころか、粉々に破壊したいのか?

 周りの目を見る。それは、僕の予想とは逆だった。 彼らは目を見開いて、絵をじっくりと眺める。顔を近づけるもの、覗き込む者、笑顔で感想を言う者。
 どういうことだ。まさか、父は僕の絵を認めたうえで見せたのか?

 僕はよほど不思議そうな表情を浮かべていたらしい。父はくすりと僕の顔を見るなり笑って、それから周りの画家に言った。
「異論はねえよな。分かったら作業開始だ!」
画家たちは立ち上がり、座り込んだままの僕の腕を引く。 天井への足場へと向かう途中、父の顔を振り返ると……。

 彼は、笑っていた。


 
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