Jaune Brillant
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T-3

 料理は二人に好評だった。 食卓に、3人も集まって食事をするのなんて本当に久々だった。 絵を描いているときは彼女とばかり話していたが、ここでは僕は聞き役に回った。
「おいしいわ。こんな心のこもった料理を食べるの初めて」
と、純粋無垢な笑顔で食事をする彼女。喜んでもらえてよかった。 彼女たちが普段どんなものを食べてるか見当もつかなかったから、少し不安はあったが杞憂に終わったようだ。
「エミリア様もこれほどの料理の腕があれば」
と、こぼす司祭の横で彼女はまた赤面する。
「だってどなたも私に料理を教えてくださらないんですもの」
「あなたが10歳のときに教えましたとも」
司祭はやや不満げに言う。
「その時は厨房ごと焦がしてあわや大火事でしたが」
「私が10のときのお話なのでしょう? それから10年以上経っているのだし、ほら、今やれば出来るかも」
「やった結果、消し炭が練成されたのでしょうが。しかもそれは7日前の話です」

 ここで沈黙。もはや、彼女は司祭に返せる言葉が見当たらないようだった。 むむむ、という声が今にも聞こえてきそうな不満顔を浮かべる。

 会話を聞きながら、僕は内心では驚いていた。聖女という言葉がぴったりの女性が、こんなにも赤面して狼狽するなんて。
 そうか。彼女だって人間、なのだ。扉を護るとか、女神の末裔だなんていわれているが、彼女だって人間なのだ。 高貴な職に身を置きながらも、僕のような一般人と同じように泣いて、笑って、失敗して、成長していくのだ。
 肖像画の仕事を依頼され、彼女とはじめて会ったときの緊張感はもはや完全に無くなっていた。 彼女は一人の女性だ。こうして僕と同じ食卓で食事をとって、会話して、笑いあっている。

 僕は微笑む。
「エミリアさん、料理は慣れですよ。練習したらきっと上手くなります」
「マクベインさん……。ありがとうございます、その言葉がずっと欲しかったんです」
今にも泣きそうだ。潤んだ金の瞳に、一瞬どきっとする。悟られないよう、僕は視線を料理へと逃がしつつ、言った。
「そういえば、綺麗ですね。その瞳」
違う。何を言っているんだ僕は。目をそらしたのに、瞳の色の話題をふってどうする。

「ああ、この色ですか? はじめてご覧になったでしょう」
「そ、そうですね、そういえば初めてです」
まだ顔を上げる自信はない。とりあえず食事を口に運んで誤魔化しながら、返事をした。
「この金の瞳は、セフィリア家に代々伝わる瞳なんです。セフィリアの血を引くものは、必ず金の瞳を持って生まれる」
 知っているさ。というか、最低限の教養がある人ならば常識だ。 そして、金の瞳を持つ人間はセフィリア家以外存在しないことも知っている。
 まだ顔をあげられない僕なんか無視して、彼女は続ける。
「私の祖母も、私の父も、この金の瞳を持っていました」
「エミリアさんの、お母様方は?」
「母はセフィリア家とはまったく関係のない出身です。青い瞳がとても綺麗でした」
”でした?” まさか。
「もう両親はいません。兄弟姉妹もいないので、この金の瞳は現在私だけなのです」
視界の隅で、彼女が目を伏せたのが見えた。 いたたまれなくなって、僕はようやく顔を上げた。
「……ご愁傷様です」
「ありがとう。でも、寂しくは無いです。こうして司祭様たちがいるから。本当に私のことを心配してくれているのですよ」
胃を痛めてまでね、と付け足して彼女は笑った。 早々に食べ終えていた彼女は、皿を厨房の方へ運びだす。
「あ、僕がやります!」
そういって、僕は彼女の背中を追う。 ふと、乾きかけの長い金髪が揺れ、彼女の背中が垣間見える。 その背は細く、どこと無くさびしげにみえた。

 窓の外では、冷たい雨が降り続いていた。


 
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