Wild Rat Fireteam
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第6話

夕焼けに包まれた邂逅は、一瞬で終わりを告げた。

エストを発見して驚いたテセラの声に、近衛が反応したからだ。
「どうされました、姫!?」
とっさに、テセラは室内の方へ声をかける。
「だ、だいじょうぶ! 蜘蛛がいたからビックリしたの」
「蜘蛛!? お待ちください、いま潰しに」
「だ、大丈夫!! もう壁をつたって行っちゃったわ!!」

エストは硬直した。
近衛につぶされちゃたまらない。

テセラはエストの方へ身を屈めると、耳元で囁いた。

「1時間だけ、ここで待ってて。部屋の鍵を開けておくから、部屋をでたら突き当り右側の階段を下りるの。
そうすれば中央棟を抜ける渡り廊下があるわ」

1時間待つ。部屋をでたら突き当り右の階段。

テセラに言われた内容を、エストは何度も反芻した。
おそらく、自分がここから安全に脱出できるような手筈を整えてくれるのだろう。

「テ、テセラ」
エストは彼女を見上げる。
しかし、エストの意に反して、テセラはもう室内の方へ向き直っていた。
顔だけこちらに向け、にこりと彼女は笑いかけた。

「また、会いましょう。 話したいことがたくさんあるの」
そう伝えると、彼女はパタンとバルコニーの窓を閉めてしまった。

また、会いましょう。

その台詞が、ぐるぐるとエストの心の中を駆け巡った。


***


それからというもの、エスト達の夕方と夜は、より一層忙しくなった。

訓練が終わる夕方、もしくは訓練の無い休日にひっそりとテセラに会いに行くのが、彼らの日課になった。
テセラにお願いして鍵や通路を確保してもらえる日は比較的簡単に会いに行けるが、毎回そういう訳にもいかない。
そういう日はサムエルやソフィーと一緒に中央棟まで忍び込むことも多々あった。

テセラの近衛に見つかる前に、手早く密会を済ませる必要があったため、長時間いることはできない。
近衛の足音に細心の注意を払いながら、お互いに小声で会話を紡ぐ。
最初は緊張感がまさって上手く会話にならなかった。
しかし、日が経つにつれて2人に慣れがでてきた。
そして、そのうち2人でのおしゃべりを心から楽しめるようになった。


***


内緒の逢瀬を繰り返す日が続いて、半月ほど経った、ある日。

その日はどんよりとした雲が一日中空を覆い尽くし、肌寒い一日だった。
エストはいつものようにテセラの部屋……のバルコニーに座り込んで、窓際に立つテセラと会話を楽しんでいた。
バルコニーの一角には布をかけてある。
これならパッと見ただけでは、人が隠れているようには見えない。

テセラもバルコニーに対し背を向けるように立っており、手に本を持っている。
万が一近衛や侍女が室内に入ってきても、窓際で本を音読していたように見せかけるためのカムフラージュが目的だ。
壁越しに、お互いの顔や姿が見えない奇妙な会話。
これが2人にとっては「普通」なのだ。

「……そっか、テセラは今母親がいるのか」
「ええ。私にとっては2番目のお母様……ってことになるわ」

今日の話題は、テセラの家族構成について。

「どんな人なんだ?」
窓の向こうから、エストが興味津々な声色で尋ねてくる。

「どんな人? そうね、私とは全く似てない……むしろ正反対な人かも」
「正反対?」
「凛とした感じの美人なかたよ。赤毛が夕日に透けると、とても綺麗なの」

テセラの実母は、3年前に病死している。
国王が後妻として迎え入れたのが、今の妃――ジェイン王妃だ。
テセラにとっては継母に当たる。

へえ、とエストの返事が返ってくる。すこし間を置いて、彼は言った。

「……なあテセラ。母親に怒られたりしてねえか? テセラと反対ってことは怖そうなイメージなんだけど」

予想外の質問にテセラは思わずふふ、と笑う。
「大丈夫よ。確かに見た目はきつい印象だけど、やさしい人だから」
「そっか、それならいいんだけどさ。
 ……オレの母親、めっちゃ怖かったんだ。普段は優しかったんだけど、怒ると『こらぁーっ!!』って」
『こらぁーっ!!』の声に力が入る。テセラはエストの渾身の演技に少しだけ微笑んだ。

エストの家族に話題が移ろうとしている。
その時、テセラの心に、重い鉛の様なものがのしかかった。

「……。」
テセラは返事を返すことができずに、分厚い本のページをパラパラとめくる。
目が泳いでいて、本文には全く視線を落としていない。

「? どうした、テセラ」
いくら待っても返答のないテセラに、さすがのエストも気が付いたようだ。
「誰か来たのか?」
声のトーンを落としてエストが訊く。

「……違うの」
そう答える。
違うのだ。心に重圧がかかったのは、そのせいではない。

……困ってる、よね。分かってる。
テセラはそう思いながらも、言葉を紡ぎだせずにいた。
「エストの家族について」、いつかは話さなければいけないと分かっていた。
けれど、おそらく、その話題は……エストも自分も、幸せにはなれない話題だ。

……それでも、私は話さなくちゃいけない。
話さなきゃいけない義務がある。

テセラは本をパタンと綴じ、バルコニーへ足を進める。

突然自分の目の前に現れたテセラの姿に、エストはビックリして思わず立ち上がった。
「ちょ、テセラ! なにやってんだ、見つかったら……」
「いいの」
テセラはエストの言葉を遮る。
「エスト。……聞いて良いかしら?」
深刻な顔をするテセラに、思わずエストは黙ってうなずいた。

「エストの家族は……いまどうしてるの?」
テセラは彼に、そう問うた。

質問しながらも、テセラはその返答の内容を分かっていた。

だって。エストの家族は。彼の家族は、3年前のあの日、貧民街にいたはずなのだ。
それなら……それなら、今頃は、きっと、もう。

質問されたエストは、はっとした顔でテセラを見る。そして、すぐに視線を落とす。

「……いない。母親は弟を生んですぐ。父親と弟は、3年前に……」
「……!」
テセラの心にのしかかった鉛は、より一層重さを増して心を押しつぶさんとする。

……予想は当たっていた。当たってしまった。
……外れていたら、彼が「今も元気だ」と答えてくれれば、私が抱えていたものはいくらか晴れたのに。

……奇跡は、起きなかったのだ。
だからこそ、私は、彼に説明しなければいけない。

テセラは、エストをじっと見据えて、言った。
「お父様と弟くんが亡くなったのは……3年前、敵軍の空襲があった日でしょう?」
「……ああ」
「……ごめんなさい」
「なんで、テセラが謝るんだよ。お前は関係……」
「あるの」
「え?」

驚く彼の顔を見つめることが出来ず、テセラはついに膝を折ってその場に崩れた。

口で手を覆い、なんとか嗚咽を抑える。
頬を伝う涙をなんとかぬぐい、テセラは絞り出すように、吐き出すように、言った。

「エストの家族は、私が……私が殺したの!」





 
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