Wild Rat Fireteam
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第2話

新兵の朝は忙しい。
「起床ーーーー!!!」と、先輩兵士のけたたましい号令と共に彼らの朝は始まる。
ベッドから飛び起き、急いで身支度を整えるとすぐに点呼の時間がやってくる。

点呼を終え、朝の短い訓練を終えると、やっと朝食の時間だ。
そのころには朝日がすっかり昇りきり、晴れやかな陽光となって城下をさんさんと照らし始めている。

朝食は食堂で一斉にとる。どの席に座るかは自由。……ただし、エストたちの席をのぞいては。

南の入り口から入ってすぐ左、一番手前のテーブルが、彼らの「指定席」だ。
そこは、アイザック・G・エレブランド曹長の指定席でもある。

その日も、いつものようにアイザックはテーブルの中央の席に座り、同じテーブルで食事をする3人の新兵を呆れ顔で眺めながらスープを口へ運んでいた。

アイザックから見て右側にはエストとサムエルが隣り合って座り、朝食をとっている。
反対側、アイザックから見て左側には……今にもテーブルの端ギリギリの位置に皿を寄せ、1ミリでもエスト達に近づくまいと距離を離して座る少女の兵士の姿があった。
彼女は朝食をせわしなく掻き込むエストを一瞥すると、すぐさまプイッと顔を背けた。
三つ編みが揺れる。皿はテーブルの端から半分ほど飛び出している。今にも落ちそうで不安定だ。

上官はおもわずため息を漏らす。…性別の違いはあれど、同期なのだからもう少し仲良くなるかと思ったのだが。
先日、中央棟の外壁から転落したサムエルを助けたのが彼女。名前は、ソフィー・L・マレット。
あれから10日。深まったのは、どうやら「仲」ではなく「溝」のようだ。

アイザックはため息をつく。
「お前ら、もうちょっと席を近づけたらどうだ」
即座にソフィーが返す。
「それは上官命令でしょうか、エレブランド曹長」
「いや、命令ってわけじゃないが」
「ということは、席を近づけるも放すのも私の自由で良い、ということですね。
ではこの距離が私にとって一番快適な距離であり食事のしやすい距離となりますので、席の距離の変更はできかねます」
まるであらかじめ考えた置いた台詞のように、ソフィーはすらすらと喋った。

サムエルは、ばつの悪そうな顔をしながらエストとソフィーの顔を交互に見比べる。
対して、エストの顔はおかんむりだ。
「なんだよ、オレ達が何かしたかよ」

その言葉に、彼女はあからさまに眉根を寄せる。
「『何かしたか』ですって? アンタ、10日前のこと忘れたわけじゃないでしょうね!?」
「は!?」
「は?じゃないわよ! アンタたちが外壁にツタを這わせて不法侵入しようとしたおかげで、あたしまで問題児扱いになってるんだからね!」
「そんなの知らねーし! 第一オレ達が問題児だからって、何でお前がオレ達と目いっぱい席を離してんだよ!」
「アンタたちと一緒になんて行動したくないからに決まってるじゃない! こっちこないで、アンタの無神経さが感染るわ」

「マ、マレットさん」
自分のファミリーネームをサムエルに呼ばれ、ソフィーは視線だけサムエルの方に向けた。
「自分の魔力をちゃんと把握してなかったのは僕の責任なんだ……。マレットさんに迷惑をかけちゃったことは本当に申し訳ない、と思ってるよ……。だけど」
「ああもう、鬱陶しいわね!」
ダン、とソフィーはテーブルを拳で叩く。

「王城の外壁に勝手にツタを生やす! 不法侵入ほう助! おまけにあたしにも上官にも侵入理由を話さないし! いくら上っ面で謝ったって、サムエルもエストと同罪でしょうが! 違う!?」
ソフィーがテーブルに身を乗り出し、まくしたてる。
すごい剣幕に、サムエルはまるで蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

「う……」
サムエルの薄青の瞳に、じわりと涙がにじむ。

わずかに震えたサムエルの声を最後に、食堂はしんと静まり返った。
ソフィーの怒声は、どうやら食堂の隅々まで響き渡っていたようだ。

重たい沈黙を破ったのは、アイザックの低くも良く通る声だった。

「マレット」
「っは、はい」
「感情的になるな。……敵を増やすだけだぞ」

アイザックの言葉で、ソフィーは我に返ったように周囲を見渡した。
食堂にいる誰もが、口を閉ざしてこちらを見ている。
冷ややかな視線。驚いたような視線。おびえる視線。
その視線に、肯定的なものは何一つとして無かった。

ソフィーは沈黙する。さすがに「やりすぎた」と分かったのだろう。
アイザックは短くため息をつくと、ソフィーに座るように目線で促す。
「朝食が冷めるぞ」

そういうと、彼は空になった自分の皿を持って席を立った。
食堂の隅の架台にそれを置くと、食堂から立ち去る。

「怒られてやんの」
「うるさい」
エストとソフィーの冷ややかな短いやり取りが、アイザックの背後から微かに聞こえた。

***

エスト・Y・ローレンス。
サムエル・R・キャルミック。
ソフィー・L・マレット。

この3人は、「入隊翌日に中央棟上層階へ侵入を試みた問題児」としてレッテルを貼られていた。
サムエルとソフィーはそうではないが、エストの粗野な行動は目に余るとされ、この3人の新兵はまとめて「特別」扱いされることとなった。

3人の教育を任されているのが、アイザック・G・エレブランド曹長。

24時間べったりとエレブランドが指導をすることは無いが、エスト達3人が問題行動を起こせばすぐさまエレブランドへ報告が行くこととなっている。
場合によっては、彼直々の「お仕置き」もその後に控えていたりする。

大体において、そのお仕置きを受けるのはエストなのだが。

エレブランドはこめかみを抑える。
おおかた、中央棟への不法侵入はローレンスが言いだしたのだろう。
だが、あいつは何故そんなことをしたのか?
見つかれば大目玉は避けられないと分かっていて、何故?
純粋な好奇心?
それとも。

この年頃の少年少女は、みんなあんなものなのだろうか。

エレブランドの悩みの種は、当分尽きそうになかった。


 
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